スワロウテイル人工少女販売処

これは凄い!多分今年読んだ小説で一番面白い一冊です。

スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

セックスにより進行してしまう「種のアポトーシス」により、男女別自治区に隔離された感染者。そのパートナー(性的にも、人生のという意味でも)として人を模して作られた「人工妖精」と暮らす、そんな舞台設定の SF です。

この小説は欲張りでいろんな要素やテーマ──近未来の政治的な救いの無い争いや、人工生命の倫理、殺人事件、種の寿命、謎解き、恋愛、偏見、切なさ、そして愛おしさに満ちています。でもどれも中途半端ということはなく、それぞれが深く、重く、新鮮です。

たとえば、

人工妖精に限らす、人間に変わって一定の判断をするロボット、コンピュータ、人工知性の類には、すべて『人工知性の倫理三原則』の厳守が義務付けられている。

 第一原則 人工知性は、人間に危害を加えてはならない。
 第二原則 人工知性は、可能な限り人間の希望に応じなければならない
 第三原則 人工知性は、可能か限り自分の存在を保持しなくてはならない

この「倫理三原則」に加え、人工妖精には「情緒二原則」が追加され、合わせて「人工妖精の五原則」となる。

 第四原則 (製作者の任意)
 第五原則 第四原則を他者に知られてはいけない

とか。ほら、SF好きにはお馴染みのフレーズに、ちょっとひとひねりしてあって、それがそれだけで「んんん?」とSF好きをワクワクさせるのです。

そんなふうに本書はハードSFとして十二分にわたしの欲望を満たしてくれますが、ストーリもテーマもズシンと重く読み応えもガッツリをお腹いっぱいにさせてくれます。でも、なによりわたしを魅了したのは、その主人公です。健気で前向きで、でもどこか悲しい人工妖精の凶悪なまでの愛おしさに、すっかりメロメロにされてしまいました。本当の萌はここにあります!

政治的にあやういバランスで独立している自治区、そして管理自治区自治権を剥奪し我が物とせんとする日本政府。それだけでないもっと本質的な、人と人工妖精という二つの知性の問題。人の種としての寿命。様々な問題の狭間の「つかの間の世界」を守ろうと奔走する主人公。

本書の結末は──彼女の行く末は決して「幸せな結末」ではありません。その結末は口惜しい、彼女を迎える状況が堪らなく悔しい。ですが、それでも「ハッピーエンド」として胸に響くものを本書の結末は持っています。その素晴らしい読後感は名作の証だよねと思うのです。

たとえ今幸せを掴み損ねても、わたしは彼女に幸せになってほしい。そして絶対なれると信じられる。だって、

スワロウテイル。あなたの黒い羽は、何人にも染めることが出来ない、あなたの気高い心の表れよ。

なのだから。