シュレディンガーのチョコパフェ

SF短篇の醍醐味って、ひとつは「驚かせる発想」だと思うんです。アイデアでアッといわせる。その期待なら、山本さんの本は安心してお奨めです。

シュレディンガーのチョコパフェ (ハヤカワ文庫JA)

シュレディンガーのチョコパフェ (ハヤカワ文庫JA)

シュレディンガーのチョコパフェ
「アリスとの決別」であった 亜夢界の誕生にあたるお話。オタクな彼氏とオタクな彼女、こんな彼氏彼女に憧れます。てゆうかネタが濃ゆいです。シュレディンガーの「猫」から見た箱の外の世界は不確定でしょうか、というところから時間が一方向に流れない世界(現在の結果に合わせて過去が改変され、その過去に合わせて現在が変わってしまう)まで──ようするにフィクションと現実が等価二なる世界という山本弘さんの十八番アイデアの、一番はじめの物語です。
奥歯のスイッチを入れろ
加速装置のついたサイボーグというネタを渾身の描写で書くお話。こういう大真面目に不真面目はSFの醍醐味です。後書きに「誰がために」を口ずさみながら読め、とあります。♪さいぼーぐせんしっ たがーためにーたたかうー♪
バイオシップハンター
銀河共通語(ギャラング)が素晴らしいです。この手の「異文化の言葉」のアイデアは「アイの物語」のTAIの言葉や「無限潜航艇」の海サソリの言葉とか、実に上手で凄いな、と思います。・・というのは枝葉で。その姿(ヘビみたい)から偏見をもたれ、それゆえ地球の宇宙船を撃沈される事件の犯人ではないか疑われている種族が、真犯人を追跡するのに地球のジャーナリスト同情させる──と言うストーリ。ですが、わたしは、かれらの「偏見や誤解の解決」ではないモチベーションに衝撃を受けるのです。
メデューサの呪文
「フィクション」に対する山本節を別のアプローチで強調するというか。「現実じゃない」が無価値を意味しないことを、「詩が現実の破壊力を持つ」という取っ掛かりから納得させようとするというか。もしくはその逆かな。最後の話自体がメタな感じも素晴らしい。
まだ見ぬ冬の悲しみも
未来から過去にタイムトラベル。そのパラドックスは分岐するパラレルワールドで解決するという、けれど・・・・な、アイデア一発勝負。「驚かせる発想」的に本当に素晴らしいけれど、オチの救いのなさも格別です。酷い。
七パーセントのテンムー
「意識」をもたない人が人類の7パーセントもいる・・という発見から 天然無脳=テンムー と言う概念がでてくる世界。恋人が天然の「人工無脳」だったら?という恐怖と、それを重しに成長させる新のテーマ「意識とは何か」を問う作品です。
闇からの衝動
本当はノーコメント。「両性具有迷宮」みたいな立ち位置だけど、わたしがC.L.ムーアをよく知らないので。森奈津子だったら許されるよな、みたいな安心感もないです。

わたしが特に感銘をうけたのが「七パーセントのテンムー」。

意識とは何か、を考えるとき、わたしの幼少のときの体験が思い浮かびます。あの当時、わたしにとって考えることは、沸騰するお湯の気泡のように湧き上がる「考えたこと」「思いついたこと」。因果はあるけれど順序はないいろいろな塊。それらが、意識で捉えられるキャパを完全に超えてしまいるのです。

とりのがしたことがどんどん揮発してしまう。結論の骨子がわからない。素晴らしいとおもった感想だけがのこって何がそうだったかを忘れてしまう。ねえ、わたし。わたしは何を考えたの? たすけて、思考をちゃんと意識出来ないよ──という感じでした(ちと大げさ)。成長するにしたがい、そんなことはなくなったのですがそれは思考の沸騰力が衰えたのか、それとも意識がキャッチ上手になったのか。なんか前者な気がするな。そんなこと。

「七パーセントのテンムー」は、ユーザーイリューション 意識という幻想を元ネタに、山本さんが付け加えた「19.2秒」というスパイスが実に絶妙で、この作品を素晴らしいものにしています。