ユーフォリ・テクニカ ―王立技術院物語

一件ファンタジー錬金術もの的に見えますが、その実はガチな工学部研究室ものです。理系の人は身に覚えのあるような研究生活っぷりに、

時代背景としては19世紀末の叡理国。東洋人としては初の講師(教授相当)として招かれた、ネル・ビザンセツリ と、その研究員となる

現実の歴史と違うのは、「水気」という技術です。

もともとは東洋で生まれた技術である真空からエネルギーを取り出し、水の裡に封じる。そうした技術だ。何も無いところで常時対消滅している陰陽二方向のエネルギーを分離して吸い出し、利用する。この新技術は、蒸気機関によって達成された産業革命の発展をさらに推し進めつつあった。

この技術体系が本作をファンタジーにとどめる唯一の碇。けれども「まほう」の様ではあるけれども「まほう」ではない技術であるあたりが、本作の一番おいしいところの苗床になっています。

「これですよね、真空装置って……」
『水気』を作り出す真空技術は、知識の無い人間にとっては魔法のように見える技術だ。しかし、それでも決して『何でもあり』な技術ではない。無制限・無秩序にエネルギーが取り出せるわけではなく、やはり一定のルールが存在する。
そのルールの一つに、真空度が高いほど(気圧を下げれば下げるほど)、より強く、より質の良い『水気』を取り出すことが出来る、というものがある。
『質の良い』水気とは、専門的で難しい話になるが、光として変換された時に、より高い周波数となるもののことである。『強い』水気は、光に変換したときの光の強度(明るさ)に繋がる。

さて、人を取り巻く環境の法に目を向けると、時代的に激しい人種差別や男尊女卑がある世界です。

「でも、だって一生懸命頑張れば……」
「たとえば女性の筋力は」
少年はエルフェールの言葉を遮って、冷酷に説明を加えていった。
「平均すると男性の筋力の七割しかない。持久力、瞬発力、どれをとってもそう。逆に能力の欠如による劣等……例を挙げれば空間把握能力の欠如による方向音痴の数などは、男性の一・四倍……要するに、女性はあらゆる能力において、平均して男性の七割でしかない」
「そんな……」
正規分布の中心が三割も低い位置にある。これでは、たとえ女の中では数百年に一人の天才であっても、男にとってはたかだかちょっと頭がいいという程度の者になる。女は劣等な生物だ……つまり」
はじめてエルフェールの方を向いて少年は言った。見下す姿勢がエルフェールの心に突き立った。
「女はしたがうために生まれているのさ」

今のわたしたちからは信じられないような言説ですが、かつてはこれが「常識」だったのでしょう。だから、女性への学問の道はどうしようもないくらい閉ざされている。けれども、その中でも学問の道を諦めない、諦めたくない エルフェール は、激しい情熱と非常識でネルの研究室の研究員の座を射止めます。

そんな重い時代描写も本作の魅力の一つですが、やはりその最大の魅力は、ネルの研究室の研究生活です。

水気をつかった花火はこの世界での技術のデモンストレーションとして定着しているのですが、その国際大会への出展にむけた研究生活は、ノウハウのない状態からの研究スタート、プアな研究設備、絶対的な時間不足、相次ぐトラブルなどなどから過酷です。

「あぁ、単純作業は……もういや」
エルフェールは思わずそうこうぼした。
何百回もの、水の蒸留と濾過の繰り返し。
単純な作業の連続ほど、人間の精神にダメージを与えるものはない。

明かりを灯し、実験中の闇を追い払ってから、エルフェールはふらふらと机の前の椅子に向かった。一時間も掛けて設置した試験花火を、疲れ切ったまま真っ暗闇の中で観察し、その結果は無光……。
この後は再び純水の作成に戻らなければ行けない。
あの単純作業に。

「ダメなんです……劣化がはげしくて、どうしても可視光線にまで届かない。赤外線しかでないんです……あぁ、もう暗いのはいやいやいや……」

それに、手早く設置を済ますことで赤い光が得られたとしても、実際には何の意味もない。審査の現場では注入後すぐに花火を打ち上げるわけではないのだから。作業の速度を上げて赤色光を見ようなどと言うのは、気休めどころか、ほどんど本末転倒とさえ言えることなのだった。
「八方が、塞がっちゃった……」
呆然としたまま、言葉にメロディをつけて呟いた。

うう、やっぱり、唄っちゃうよね・・・。その研究生活の錯乱ぷりがリアルすぎます。


* * *


わたし、この話は大好きです。なんというか、身に覚えがありすぎる感じで、とてもファンタジーを読んでいる気にならないところが好き。

エルフェールの性格はかなりおかしいのですが、そこにも愛着を覚えます。出来ることならばこの物語の続編を末永く愉しみたいのですが、今のところは超ショートな番外編が一本だけですね。

あ、この番外編、本編の盛大なネタバレを含んでいるので、決して本編の前に読むべからずです。

というわけで、凄く凄くおすすめですよ。特に理系の人は是非是非てにとってくださいまし。